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人生観は変わらなかったがインドで考え、学んだ大切なこと。

      2016/02/07

インド

2015年3月、会社に退職願を出し有給休暇中にインドのコルカタ、バラナシ、カジュラホ、アーグラ、ジャイプル、デリーを3週間で巡る旅に。

旅の写真と詳細は6回の連載にて記載したので、ぜひこちらをご参照いただければと思うのだが、今回はインド旅行の総括編としてインドに関するまとめと学んだことを以下に記したい。

 


インドについての基礎知識

india

インド(Republic of India)
人口 12億7,000万人
首都 ニューデリー
面積 約329万km2(日本の約9倍)
通貨 ルピー(1ルピー = 1.93円)
首相 ナレンドラ・モディ(Narendra Modi)

 

インドは我々日本人のイメージとしては、カレー、ターバン、暑さ、象、ガンガーなどが挙げられるが、その広大な領土に人口12.7億人が住み、宗教、人種、話す言葉も様々で、一つの国としてまとまっているのが不思議なほど多様性に富んでいる。

IT産業などが牽引し、高い経済成長を遂げているといっても、一人当たりのGDPは約4,000ドルと日本の約10分の1ほどでまだまだ貧しい国。

日本からは飛行機の直行便で約9時間、飛行機代は季節にもよるが12万円ほど。一年中暑く、旅をする場合は行き先の雨季や気温が40度以上となる夏は避けたほうが懸命だ。

治安に関しては近年、日本人女性を含む外国人女性に対するレイプ・監禁事件が発生していて、悪いイメージがあるものの、凶悪犯罪は稀ですりやぼったくりなどの軽犯罪に注意する必要がある。外国人女性に対するレイプ事件が外国で報道された結果、ヨガやアーユルベーダ目的でインドを訪れる女性が激減しているとのこと。

インドの食といえばカレーとなるが、街では日本でいうところの定食屋のような店や屋台があり、チャーハンやチキン料理なども食べることができる。しかし、基本的にスパイスが効いていることが多い。

インドはとにかく暑く、観光で歩きまわると喉が乾くので、そんな時のおすすめは屋台で売っているフレッシュジュースやラッシー。またペットボトルのミネラルウォーターを常に携帯しておいたほうが良い。なお、酒は宗教的な理由から好ましくないとされており、酒を買ったり飲んだりできる店は少ない。

言葉についてはヒンディー語と英語が主要な言葉で、我々は英語で会話をすることになるが、簡単な英語であればお互いコミュニケーションできるものの、インド人でも英語を流暢に話すことができる人は少なかった印象。

インドの宗教「ヒンドゥー教」と「カースト制度」

gangerインドを語るうえで、宗教を外すことはできない。インドの宗教の構成はヒンドゥー教徒80.5%、イスラム教徒13.4%、キリスト教徒2.3%、シク教徒1.9%、 仏教徒0.8%、ジャイナ教徒0.4%となっており、約80%がヒンドゥー教、約13%がイスラム教である。

イスラム教徒は13%といってもインドの人口は12億7,000万人いるので、1億6,000万人がイスラム教徒で世界第3位の多さとなっている。時に大多数を占めるヒンドゥー教徒と大規模な争いも起こっており社会問題となっている。

ヒンドゥー教について

ヒンドゥー教は紀元前300年頃にカースト制度とともにインド土着の宗教として生まれ、現在もインド最大の宗教であり、全人口の8割、約12億人が信仰している。

キリスト教やイスラム教、仏教のような始祖と経典を持たず、ヒンドゥー教の世界観では、ブラフマー神が世界を創造し、ヴィシュヌ神が維持支配し、シヴァ神が破壊するとされる。

神々への信仰と同時に輪廻(死んでも別の何かに生まれ変わる考え)や解脱(悩みや迷いなどから解放され自由になること)といった独特の考え方や生活様式がある他、生まれながらに決定される身分(ヴァルナ)・職業(ジャーティ)など、カースト制による概念・制度を有している。

その他ヒンドゥー教の特徴としては、聖水が流れるガンジス川を中心とする河川崇拝、不殺生主義を基とする菜食主義、シヴァ神の乗り物である牛の崇拝、解脱に至ろうとする宗教的修行のヨーガが挙げられる。なお今日でも瞑想や修行に明け暮れる行者(サードゥ)が存在する。

他宗教から改宗してヒンドゥー教徒になることは可能であるが、その場合カースト制度の最下位のシュードラに入ることとなる。カーストは現世において変えることはできない。

 

カースト制度について

ヒンドゥー教における身分制度であるカースト制度は身分や職業を規定するものであり、バラモン(僧侶)・クシャトリア(王族、貴族)・ヴァイシャ(商人、平民)・シュードラ(労働者等)の4つのヴァルナ(身分)にて構成される。この4つのヴァルナに属さない人もおり、その人々は不可触民(アチュート、ダリットとも言われる)と呼ばれ、清掃や死体処理などの仕事を行っている。

身分による人口構成はバラモン5%、クシャトリア7%、ヴァイシャ3%、シュードラ 60%、ダリッド 25%となっており、カーストによる身分は親から受け継ぎ、誕生後にカーストの変更はできない。

法的にはインド憲法にてカースト制度による差別を禁止しており、第15条では宗教、人種、カースト、性別、出生地などにより国は差別してはならないことを定めている。また17条では不可触民の廃止及び差別を禁止している。しかしながら、現代でもカーストによる区別・差別は根強く生きている。

 

インド独立の父「マハトマ・ガンディー」について

delhi

ガンディーは1869年にインド北西部のクジャラート州にて、ヴァイシャ(商人)の子として生誕。弁護士となるため18歳でロンドンに留学し、弁護士資格を取得後南アフリカで弁護士として開業した。

南アフリカで過ごした約20年の間の様々な人種差別の経験や、インド系の人々の法的権利を主張し救ってきた経験が、後のインドでの民族運動につながっている。

1915年にインドに帰国し、第一次世界大戦が終わった後もイギリスに協力したことの見返りである自治の拡大が進まないことや、1919年に起こったアムリットサル事件(イギリスによって定められた法律に抗議をした非武装のインド人に対する虐殺事件)等をうけ、イギリスからの独立運動をするインド国民会議に加わり、不服従運動を行うようになる。

特にイギリスによる不公平な塩の専売に抗議するために行った塩の行進は全インドに同様の非暴力不服従運動を波及させ、世界中から注目を浴び、独立の一つの転換点となった。

第二次世界大戦が終了すると、インドの独立運動はさらに広がり、一方国力を落としたイギリスは独立運動を抑えることができなくなり、結果インドの独立を受け入れ、1947年にインドは念願の独立を果たした。

しかし、独立から約半年後の1948年1月30日、デリーのビルラー邸でヒンドゥー至上主義者によって暗殺される。享年78歳であった。ガンディーはヒンドゥーとイスラムの融合を追求していたが、それに反対する若者による犯行だった。

ガンディーは不可触民を神の子(ハリジャン)と呼んでその解放を訴えており、またカースト制度のヴァルナ(身分)の階層間に上下は無く平等なものだと考えていた。しかし、ヒンドゥー教の根底となる制度であるカースト制度そのものをなくそうとはしなかった。それほどインド人にとってヒンドゥー教は冒すことができず深く根付いているものなのだ。

 

実際にインドに行って考えたこと、学んだこと

インドの貧困・差別の原因

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インドでの約3週間の旅は、明るくおおらかでフレンドリーなインド人たちと交流し、世界遺産をはじめとする歴史的な建造物や文化遺産を見学、そしてそれぞれ違った特色のある街を訪れ、とても楽しく充実した日々を過ごすことができた。

しかし21世紀になった今日でもインドでは多くの人々が貧困や差別に苦しんでいる。他のアジアの国々も旅したことがあるが、インドの貧しさは群を抜いていた。道端で座ったり横になっているダリットと思われる人を見ると、その表情は何かに諦めていいて、希望を感じさせない目をしていたのが印象的だ。

そんな多くのインド人が人間らしい生活ができていない状況を目の当たりにして、その理由を自分なりに考えてみることにした。

生れた時に決まる身分と将来

どの国にも多くの問題が存在するが、インドにおいては貧困、差別、レイプ犯罪、男尊女卑などが多くの外国人が思っているネガティブな印象だと思う。その原因はヒンドゥー教とその根幹をなすカースト制度にあると思われる。

ヒンドゥー教の教えではカースト・身分は過去の生の結果であり変えることはできず、受け入れなければならないとされている。誕生時から自分の将来は決まっており、貧しい家庭に生れた人は貧しいままだ。インドの人は自分がどういうカーストに属するか誰でも知っているという。

生れながらの身分が圧倒的にその人の人生を決める要素であり、身分が低い人はきちんとした教育を受けることができず、結果として収入の高い職業につくこともできない。なお、インドの識字率は約75%で日本の99%と比べるとその差は明らかだ。

先進国では当たり前の生きるうえでのチャンスや成功するための努力が報われない社会。ITなどで財をなす身分の低い人も出てきたとはいえ、それはごく一部で、物乞いや清掃業に携わる人々の多くは最下層の身分の人達だ。政府の施策で身分の低い人達への優遇策もあるものの、根本的な解決策にはならないだろう。

同じ大国の中国でも戸籍問題という大きな問題があり、生まれながらにして農村と都市部の人たちに格差が生じ社会問題となっている。インドのヒンドゥー教に起因する様々な問題は、中国の戸籍問題という政府により定められた制度とは違い、数千年もの間継続され人々と社会に深く根付いた文化・風習で、中国の戸籍問題とは性質が違うものであり解決するのは非常に困難だ。

未だに存在する女性蔑視の考え方

また、ヒンドゥー教の教義の支柱となっているマヌ法典では女性が卑しい身分とされ、女性は男性に服従し何事においても独立してはならないとされている。このような考えは表面化することは少ないものの、その悪しき考え方が悲劇を生むこともある。

インドではダヘーズ(ダウリー)と呼ばれる、結婚の際に女性側が多大な持参金を負担をする制度が地方に行くと未だに存在し、女性側の家族がお金の工面に悩んだり、持参金が少ないからとの理由で時には殺人事件にまで発展することもある。また、最近はほぼなくなったようだが昔はサティーという夫を亡くした妻が焼身自殺をする恐ろしい宗教儀式も存在した。

根付いた文化を変えることは難しいが徐々に変えていく必要性

宗教は時として悩んだり苦しんだりする人の心の安らぎとなり、生きるうえでの助けになることもあるが、現代の常識やルールから逸脱する習慣や制度がある場合、その地域に住む人々の生活の発展を妨げ可能性を奪うこともある。そして、時には宗教が戦争や紛争を引き起こすことも。

宗教は何千年も前から、そこに住む人の生活や風習に密接に結びついているもので、その根本的な考えを変えることは不可能だが、その地域の貧困や差別、今を生きる人の幸せにつながらないのであれば、そこに住む人々の力、政治の力によって徐々に制度を変えていく必要がある。

しかし残念ながらそのような地域に住んでいる人は自分の人生を諦め受け入れるものだと考えており、変えるための知識と情熱を持ち合わせていない。発展途上国の貧困や女性の地位向上に関する支援を行なっているNGOなどを私たちが支援することで間接的に手助けをすることも可能だ。

ストリートチルドレンや物乞いをする人への対応

日本人が海外旅行をする時に、悩み迷うのがストリートチルドレンや物乞いをする人への対応。インドではリキシャに乗っている時に子供が花を売りに来たり、駅で小さな子どもに足をつかまれて「マニーマニー」と言われたりと、こういう経験をすることが多い。

この問題は賛否両論でお金を上げるべきではないという人の意見として、
・お金をあげても彼らの人生の根本的な解決策にはつながらない
・子どもに物乞いをさせお金を得るためにわざと子どもの手や足を切る親がいる
・物乞いはマフィアなどに組織化され仕事として行っている
などとあり、お金をあげない人の方が多いのではと思う。私も一切お金をあげないと考えそのようにしてきたが、インドでのある出来事をきっかけに迷いが生じることに。

デリーのメインバザールという外国人旅行者が多く集まるストリートで食事をしている時、上半身だけ(下半身はない)をスケボーに乗せている痩せた中年の物乞い男性が自分のことを窓越しに見ていた。彼にとって外国人旅行者が多いこの店のドアを開けて中に入ることは、私が北朝鮮にいくことよりも難しいことかもしれない。

窓ガラス越しで空間は別とはいえその距離1mほど。一気に食欲も失せ、なるべく彼を見ないように本を読むことに。何分後かに一人の白人男性が会計をすませ、店を出るとスケボーの男性が手を出している。するとその白人男性はニコッと笑って、ポケットに手を突っ込み、お金を差し出したのだ。

それを見た私はその白人男性のスマートさに感心して、とてもいい気分に。一方、これまで物乞いをする人たちに寄付をしてこなかった自分の行動が正しかったのか、疑問に思えてきた。白人男性は欧米人特有のPay Forward的な精神で当たり前の振る舞いをしたのかもしれないし、キリスト教の教え?によるものなのか分からないが、そうすることが当たり前のような手慣れた感じがした。

そこで、私は自分にターゲットを絞り援助を求める物乞い男性にどうしようかと迷ったものの、白人男性の行動を見て思うことがあったので、お金を渡すことに。これは単なる自己満足でひょっとしたら正しくない行為なのかもしれないが、物乞いをする人はそれぞれの理由があって行っていることで、このことに100%の正解はない。物乞いをする人を目の前にしたときはお金を渡す、渡さないとどちらか一方に固執するのではなく、ケースバイケースで自分の良心に従って行動するのが適切なのではないか。

 

インドに行って人生観が変わることはないが、いろいろ思うことはある

日本で30年以上生きてきて、たかが3週間インド旅行をしただけではさすがに人生観は変わらなかったものの、日本で生活している時とは異なり一人の時間が多かったので自分のこれまでを振り返ったり、貧困や差別などの不条理を目の当たりにすることで、いろいろと考えることがが多かった。

ふと日本の小・中学生は修学旅行で京都や東京など観光を目的とした旅行をするが、そんな少年少女の多感な時にインド等の発展途上国に行くことで、恵まれている自分の環境に幸せを感じそれからの人生に活力をもたらしてくれるのではと思った。実際のところ、修学旅行などの団体で行くことは難しいだろうが、もし自分に息子ができたときにはインドに連れて行こう。

インドは2020年代前半には中国の人口を追い抜き、世界最大の国になるという。またここ数年、インドのプレゼンスは大きくなり、メディアでもインド特集がよく取り上げられ目にすることも多くなった。モディ首相が就任後に主要国の中で初の訪問先に日本を選び、連日その訪問の様子がニュースで取り上げられたのは記憶に新しい。

インドに行くと先進国の日本から来た人として、ついつい上から目線となって、この記事のように問題点をクローズアップしてしまいがちだが、インドは長い歴史と独特の文化が融合しているだけでなく、住んでいる人々は明るくフレンドリーな人が多く旅をするのには魅力的な国だ。またインドにいって、こんどはどこかの街にゆっくりと長居して、あれこれ考えてみたいものだ。

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